人は見た目が9割
タイトルはある本のタイトル。
目を疑う、とはこういうことだな。結局校長先生が悪いってことになったのか。
しかもその理由が「選考基準として公表していなかった」。
神奈川県教育委員会はバカの集まりなんやなぁ。大阪がクソ教育委員会なら神奈川はバカ教育委員会だ。こんなバカどもに教育される生徒が可哀相や。
服装や態度は「選考基準」じゃないだろう。それ以前のしつけと身だしなみの問題である。
学校が指導する部分も必要だろうが、基本的には本人と家庭の責任において身につけるべきことだ。
だいたい、もし仮に「茶髪は不合格」という基準を事前に公表していたら、こいつら黒髪に戻して受験に来るのか?
ダメだと言われてやめる程度の根性なら最初からすんなよってだけの話だ。甘えんな(笑)
こちらは別の記事だが。
教育評論家の尾木直樹さんの話「問題がある生徒だからこそ教育し、一人前の社会人に育てるのが公教育の役割のはず。外見だけで判断して、人間として成長し、学力をつける機会をだまし討ちのように奪うことは許されない」
「だまし討ち」と来ましたか。
服装や態度の悪い奴は不合格になることもあり得る、というのはいちいち事前に公表してないとだまし討ちになるのだろうか?そんなことは言われなくても当たり前だと思うのだが。
外見だけで判断というが、高校受験の時点(つまりまだ中学生)で茶髪だピアスだってのはある程度「判断」されても仕方ないだろう。何度も言うが、ダメだと言われたらやめる程度の根性なら最初からやらなきゃいいだけの話ではないか。
判断されているのは「わざわざ入試の場にそういう外見で来る」という行為なのであって、単に外見だけを問題にしているわけではないのだ。
しかし、こんなトンチンカンなコメントでメシが食えるんだったら俺も教育評論家やろっかなw
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