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2007/11/27

この時期の風物詩

昨日はアメリカンフットボールの関学-立命館を観戦。
以前西京極でこのカードが行われた時には超満員だったのだが、さすがに長居はでかい。サイドはほぼ埋まったものの、ゴール側はガラガラ。ま、おかげでくつろいで見られたけどねw

このカードは毎年もの凄い接戦になるのよなぁ。試合終了の笛が鳴るまでどっちが勝つかわからない。
今年も関学が勝つには勝ったが、3点負けてる立命館が1分半残して攻撃権を取ったもんだから本当に最後までわからなかった。

地力で勝る立命館を関学が試合運びで上手くいなした印象。
オンサイドキックで勝負を賭けたタイミングが前半でリードしたところだったんだが、リスキーなプレイだけど失敗しても致命傷にはならないという状況で、後から振り返ってみてもトリックプレーを仕掛けるならあのタイミングしかなかっただろうと思えるナイス判断。切るべきカードを切るべき時に切ることの出来た関学の冷静な試合運びと度胸のよさが勝因か。

対する立命館は前半終了間際なんかも何となく流してしまったように見えた。
もちろん両者ともこの一戦に関しては1秒たりとも「流して」などいないだろうから、それは「流した」というのではなく「手詰まり」だったんだろうとは思うが、それにしてもなんとかしようとあがいている必死な感じは関学の方により多く感じたな。

接戦であり熱戦ではあったが、名勝負というところまでは行ってないというかね。
なんにしても力の拮抗したライバルがいることは選手にとっても観客にとっても幸せなことだと思う。
勝って驕らず負けて腐らず。
今後もいい試合を見せて欲しい。

関学が勝ったので甲子園ボウル(といっても甲子園は改装中のため長居でやるんだがw)も見に行くつもり。


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2007/11/20

無防備=無責任

無防備平和条例:札幌市が署名数確定、直接請求が成立 /北海道

平和念仏もここに極まれり、だな。
無防備地区宣言は国がするものなので自治体が勝手にすることはできないという政府見解がある以上(それがジュネーブ条約と照らし合わせて正しい解釈かどうかは議論の余地があるにしても)、国会議員に陳情するのが筋ではないのかねぇ。

しかしよくわからんなぁ。

無防備地区宣言は紛争の当事者が相手の当事者に対して行うものなので、必然的に署名した人たちは、札幌市が戦争の当事者になるという事態を想定していることになる。(政府が機能していない場合には地区が自主的に宣言できるけど)
ついでに言うと「紛争の当事者」は紛争が発生しない限り該当者がないので、無防備地域宣言は平時には行えない。

そんなに戦争がしたいのか、札幌市民ww

さらにいえば、無防備地区宣言はある意味最後の手段で、しかも殺し合いをしている相手の良心に任せるという超ハイリスクなギャンブルなので、平時から想定する選択肢としては下の下だ。

・紛争が起こらないようにする外交能力と軍事力の整備
・万が一紛争に巻き込まれた場合にきちんと解決する外交能力と軍事力の運用

こうした努力こそがまず為されるべきなのであって、いきなり「無防備地区でーす」なんてのは秩序に対する責任の放棄でしかない。
ましてや紛争というからには隣近所が相手になる場合が大半な訳で、(考えてもみて欲しい。我が国が例えばボツワナやハンガリーとどうやって『紛争』するのか)我が国の隣近所といえば中国、韓国、北朝鮮、ロシアである。
歴史を見れば判ることだが、こいつら揃いも揃って「国際法を守らない」ことにかけては天下一品のご立派な国ばかりなんだなこれが。よりにもよってこいつら相手に「無防備地区宣言」なんかで安全が担保されると思うこと自体が甘っちょろすぎると思うけどな。

平和念仏、もうそろそろお役御免でいいんでない??


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2007/11/15

伝説の終焉

鉄腕・稲尾和久逝去。

稲尾はプロ野球がまだ「豪傑バトル」だった頃の豪傑のひとり。
現役引退が1969年なので、70年生まれの私はもちろんプレーを見たことはない。決して多くはない映像と記録によってしか知ることの出来ないまさに伝説の世代と言えるだろう。(私にとっての稲尾は「ロッテの監督」だった。ちなみに当時のロッテの4番が三冠王・落合。)

記憶に新しいところでは、藤川球児が稲尾の持つシーズン最多登板記録を更新した際に、「先発で完投しまくった稲尾とリリーフで1試合1イニングの藤川とでは重みが違う」という、半ばやっかみのような世間の声に、「記録のための記録ではなく、優勝するために必要だった登板の積み重ね。立派な記録だ」と先頭に立って藤川を誉めたのが当の稲尾だった。

稲尾の伝説はなんと言っても昭和33年の日本シリーズ。

7試合中6試合登板
6試合登板のうち5試合先発
先発3勝、リリーフ1勝の計4勝
リリーフ登板の試合ではサヨナラホームランを放つ

この八面六臂の大活躍で「神様、仏様、稲尾様。救いの神の稲尾様」と言われた。

もちろん、時代が違う。現代においてこんな酷使は(たとえ本人が望んでも)許されるものではないだろう。
結局稲尾は20代半ばで肩を壊してしまったのだし、本人も選手生命を削るような起用は「長い目で見るとチームのためにならない」と述懐していたのも事実。

しかしこれをアナクロと見るか、ロマンと見るか。
私はロマンと見たい。
プロスポーツ選手は豪傑であって欲しい。超人であって欲しい。常識を越えた何かにこそ感動や興奮があるのだから。


稲尾の上記の述懐には実は続きがある。

―もし今、現役の投手として、(肩を壊した)63年と同じようなシチュエーションになったら

「うーん、やっぱり投げるんやろうな。投げてくれと言われれば、投げるやろうなあ…」


温厚で腰の低い紳士として知られた稲尾だが、その魂は紛れもなく「豪傑」そのものだった。

ご冥福を心よりお祈りいたします。

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2007/11/03

勝手にしやがれ

中日の日本一は53年ぶりだったのか。結構安定して強いイメージがあるけど頂点には届いてなかったんやね。

さて、なんといってもこのシリーズは最終戦の継投の是非、ということになるだろう。
優勝の決まる試合で8回までパーフェクトのピッチャーを代える、というのがアリなのか、ということ。

まあ正直、あれはないよなw

私は車を運転していたのでラジオで聞いていたんだが、7回あたりから「こりゃひょっとするかも」と雰囲気になってきたので急いで帰宅してテレビをつけたらちょうど9回。

・・・あれ?岩瀬?そっか、山井とうとうランナー出しちゃったのか。残念だったなぁ。
と思ったら山井は8回までパーフェクトで岩瀬にスイッチしたという。

なんでそんなバチ当たりなことするかねぇ、あのオッサンは。

落合イズムは「勝つことが最高のファンサービス」だというのは承知しているけど、私は勝ちさえすればそれでいいという価値観はアマチュアの精神だと思っているので、プロでのそんな価値観には与しない。

九連宝燈テンパイしてるのにわざわざ清一色に落として「トップ目あるからいいじゃん」っていうプロ雀士がいたらブン殴りたくならないかい?

山井も自分から交代を申し出たらしい。なんだそりゃ。

そんな野球のどこにシビれるってんだ。
なんかヤなもん見ちゃったなぁ。


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