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2004/06/30

お役人の壁

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厚生労働省に対して情報公開請求第2弾を発射しました!

キムタケさんとこの年金の話の続き。資料請求したら段ボール1箱の紙の山が出てきた、という話。

それにしても、4991枚――予想通りやってくれました。単なるコンピュータからのアウトプットの山をくれただけですから、推理小説のように内容をひとつひとつ探り当てていかなければなりません。こりゃあ、やっぱり「単なる嫌がらせ」(by「I will work it out」さん)なんでしょうかネェ。

違うでしょう。お役人様の口癖は「自分たちには何の権限もない」だもの。おそらく厚労省のお役人様は自分たちには嫌がらせをする権限すらないと心の底から信じている。
厚労省に知り合いはいないが、私の友人・知人で公務員の皆さんは少なくとも世間並みには真面目に仕事をやっている人ばかりである。まあ中小企業であくせく働く私から見れば「お前らちょっと休みすぎちゃうんか」といいたいぐらい休暇をきっちり消化したりしているといった細かい違和感を感じる点はないこともないが(^^;、おそらく厚労省に勤務しているお役人様たちも個人個人はもの凄く真面目に仕事をしていることと思う。

そりゃあそうでしょう。百兆円単位の負担を国民に課す年金改革を断行しようとしているんですよ。厚生労働省という立派な組織として、百兆円単位の決断をしようとするときに、その上層部が具体的な中身を理解せずに下の人間に適当にやらせているなんて考えられないじゃないですか。

私は「百兆円単位の負担を国民に課す年金改革」をやろうとしているのは政府/自民党だとばっかり思っていたのだが、主語は厚労省なのだろうか?勉強不足でアレなんだが、おそらく厚労省の人たちは自分たちに「改革する権限」なんてあるとは思っていない。内閣なり大臣なりの指示で改革案を作成して計算しただけで「決断しよう」などとはこれっぽっちもしていない、という認識のはずだ。適当にはやっていないだろうが、適切な仕事ができていない可能性は大いにある。
自分たちで改革を提唱したらその責任を負わなければならない。お役所がもっとも忌避するのがこの「責任を負う」こと。今回だってどこをどうつついても自分たちの責任はなにひとつない、ということになっているはず。厚労省としては、せいぜい改革のどさくさに紛れて、今まで失敗してきたことをウヤムヤにしよう、というくらいの意志しかないはずだ。それがお役所というものだ。つまり。

キムタケさん、今回はかみつく相手が違うんじゃないですか?

と言っておきたい。やろうとしていることは共感できるだけにね。

厚労省や個々のお役人を責めたところで話は何も進まない。
なぜか。
話を進める権限すら彼らにはないと彼らは固く信じているからである。
良くも悪くも、政治家、というか政府が「やれ」と命令しなければ動けないのがお役所なのだ。
(政府の意向を無視して勝手に動くお役人がいてもらっても困るので、「良くも悪くも」)

実際には中小企業で働いていると「お役所」ってもの凄い権限を持っているとしか思えないんだけどなぁ。強大な権限も制度として決まっていて自分たちで裁量する余地がないって意味なんだろうな。

政治家の資質を批判したところで、その政治家を支持している私たち国民に批判の矢は向かってくるだけ。

それでも、制度の大枠を決めるのは政治家の仕事だ。これは曲げてはいけない。
バカを選んだ有権者が悪いというのは確かにあるが、うちの選挙区みたいに落選した2世のボンボン候補が比例区で復活してとても民意を反映した結果とはいえない選挙結果になったところだってある。ついでに言えば、この前あった市会議員の選挙で候補者達が次々に訴えていたのは市政とはあまり関係のない「イラクへの自衛隊派遣反対」であった(^^;投票率が低いわけだな。

例えば、年金改革をきっちりやれる政治家を選べないというのであれば、改革できずに破綻する年金という現実を受け入れる覚悟が要る。その覚悟が選挙で投票するときに我々有権者にあるかといったら、多分ない。
こういう状況なので、政治家の資質を批判した矢が返ってくるというなら、その矢を受けて血を流してみることが必要なのかも知れない。利権誘導政治のしがらみに魂を引かれた人々の目を覚まさせるためには、どこかであえて血を流す(=有権者が不利益を被る)ことも必要なのかもしれない。
ただ、まともな一般人が立候補しようとすると、日本の選挙には供託金(選挙区だと300万円、比例区だと600万円)という制度があり、一般人の立候補を阻んでいる。安易な立候補による売名行為の防止が目的だと言うが、例えば各候補者に公開の政策討論への参加を義務づければ高いショバ代を取らなくてもそういうことは防げるのではないか。
諦めてはいけない。
有権者が政治家を叩くのは、民間人がお役人を叩くのよりずっと難しい。
でも、諦めてはいけない。「まともな人の、まともな人による、まともな人のための政治」を目指そう。

叩けるところから叩いておけ、というのでは「志」「誇り」も何もない。
そんなことでお前の中の「男」は満足なのかっ!?(島本和彦)

石井館長より前田日明のキムタケさんには、もちろん満足してもらっちゃ困るのである(笑)

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2004/06/26

ゼノサーガ エピソード2 善悪の彼岸

予約して買ったので特典のおまけDVDもゲット。
特典の内容は前作「エピソード1 力への意志」のムービーのダイジェスト。
前作からだいぶ間が空いての今作の発売なのでここまでのストーリーをおさらいして2をプレイするためには非常にナイスなおまけだ。まあ、ダイジェストで5時間ってのはどうかと思うが(^^;

おかげで購入初日は夜中までかかっておまけDVDで前作のおさらい。いや、細かいことは結構忘れてるので見直してよかったんだけどね。

で、プレイを開始したわけだ。
最初は前作からちょっと変更になった戦闘システムのチュートリアルを兼ねた回想シーン。ここで操作を覚えて前作のキャラとのご対面となる。ストーリーの時間軸上では前作ラストの直後の場面だ。

まあ、いきなりフル装備ではゲームにならんのでレベルや装備や技がリセットされているのは仕方ない。
しかしねぇ。
え~と、どちら様でしたっけ?
ってぐらいキャラの絵が変わってるのはどういうこと?特にシオンとKOS-MOSはもうまるっきり別人。
空手バカ一代じゃないんだから絵を描く人をいきなり変えないように。やっぱ前作のイメージがあるから「誰だよコイツ」とか「こんなのKOS-MOSじゃねえよ」とか思っちゃうよ、どうしても。

特にKOS-MOSは前作では10代後半ぐらいのイメージで無邪気に淡々と破壊にいそしむところがたまらんキャラで、ぶっちゃけ萌え~な感じやってんけど、今作で20代半ばぐらいのイメージの絵になったせいで、お局さんが若い人に交じってスポーツしてるようなムリ感が溢れていてチョー萎える。ロボットのくせに歳を取るとはどういうことやねん!ウォーズマンかて「私はロボ超人ゆえ歳を取らぬ!」って言うてたぞ(それはそれでかなり問題発言なんだが(笑))

ストーリーは相変わらず面白いし、新戦闘システムも面白いのでゲームとしてはかなり評価してもいいと思うんだが、この絵柄の変更だけは納得いかない。「エピソード2 リローデッド」とか出すときには是非前作の絵に戻して出して欲しい。

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2004/06/25

殺人事件の周り・その2

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ネット・コミュニケーションとイエローストーン国立公園の悲劇

まあその、ちょっと強烈な殺人事件があるとすぐ○○が悪い、と言い出す人というのは必ずいる。
以前の記事でも書いたけどやれネットが悪いやれ小説が悪いといろいろと騒がしい。

おまけに、「責任能力の有無」を判定する作業である精神鑑定を「責任能力がない」と明確に法で定められている児童に対して実施するというわけのわからないことが起きている。どういう根拠でやっているのか弁護士とか裁判官とかにも説明できないと思うんだが。

まあいいや。

えー、とりあえず。
少年犯罪については、まず前提となる事実が2つある。

1.少年による殺人事件は、昭和35年前後をピークにほぼ一貫して減少傾向にある
2.少年による犯罪の総数は、昭和60年前後をピークに減少し、ここ数年は横ばいである

「○○のせいで最近の子供はおかしい」と言うけれども、少年による殺人や犯罪は我々が子供だった頃より少ないのだ。何かのせいで子供が犯罪に走るのだとすれば、その「何か」には昔の子供のほうがよっぽど影響を受けていたということになる。「最近の子供」というくくり方をしてなんとかのせいでどうだこうだと論していては、実際に少年犯罪は減っているという事実の前に思考停止するしかない。
まさに

とはいえ、佐世保の事件の原因をネット・コミュニケーションの責任に帰してしまうような一部の論調は、あまりにも短絡的だろう。少年犯罪の原因として、テレビやインターネットの影響をあげつらう向きもいるが、テレビやインターネットは媒体にすぎない。媒体そのものを悪いと決め付けて、問題の本質が解明できたかのように考えるのはいかがなものかという感じがする。

ということだろう。
でも何かのせいにした方が「親が悪い」って言われなくて済むから楽なんだろうなぁ。
六本木ヒルズの回転ドアの事故だって、「子供がひとりで回転ドアに突っ込んでいった」という時点で親のせいだけど、「ビルが悪い」の方が「親が悪い」より受け入れるのが楽なんだと思う。

要するにこういう事件はそれぞれ個々のケースについて、普通の状態にない子供が引き起こしたものと考えなければならない。
例えば、我々の世代(30代)が燃えよドラゴンのテーマのイントロ「♪ちゃ~ん ちゃっちゃ~ん」を聞いたらつい「アチョー!」と叫んでしまうのは「メディアの影響によるその世代の傾向」だが、だからといってヌンチャクで人を殴り殺す奴がいたらそれは単にそいつがおかしいというだけの話だ。
佐世保の事件もそう。最近の子供がおかしいのではなく、いつの時代にも子供の中に普通でない子がいるということ。ネットや小説をあげつらっているうちは、必ず同じような事件がまた起きる。

とはいっても、あげつらうのがメシの種、って人がいるからなぁ。

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2004/06/23

お役所の壁

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お役所はITソフトパワーを増強せよ!

またまたキムタケさんとこへのトラックバック。面白くて勉強になるブログって珍しいよね(笑)

えー、年金の試算をしたデータの公開をお役所に請求したところ、A4版4991枚の資料が交付されることになったんだとか。4991枚て凄いな。もともとお役所が何人がかりでどんな計算したのか知らんけども、これだけの資料を紙のままで回して計算したんだとしたら人件費がものすごくかかった上に仕事になってないはず。
社会保険庁は6月15日付けで厚生労働大臣名で「改革試案」なるものを発表してその中で「組織の活性化と効率化」などと謳っているけど、この資料の話のように目の前に直ちに効率化が可能でかつ確実に効果が上がる案件があるのだから能書きたれてる間にとっととやるべし。

今回キムタケさんはIT活用におけるソフトパワーの重要性を説いているが、なんでイマイチ活用できないのかというと、お金を出す人がよく事情がわかってないからである。
いい年した偉いさんが昨日今日覚えてきた「ソリューション」なんてカタカナ言葉を並べ立てていたら、まず自分でもよくわかってないと思っていい。アンタの人生そんな言葉とは縁がないでしょ、ってこと。会社の経営はそんな言葉を使わなくても自分の信念をきちんと自分の言葉で語ることができれば大丈夫だ。魔法の呪文のようにカタカナ言葉を並べられてうまいこと言いくるめられて「仕事をするのは人間だ」という基本がぼやけてしまっては、いろんな人が迷惑するので気をつけて欲しい。いや、別にウチの会社の話じゃないからね(笑)

もっとも、お役所の場合は仕事に対する姿勢という問題もあるかも知れない。
私も役所勤めの友人が何人もおり、彼らがおおむね真面目に仕事をやっていることは知っているので全部が全部そうだとは言わないが、市役所に行ったら窓口にドレッドヘアの兄ちゃんが座っていたりするのを見ると「お前仕事ナメてるやろ」と説教のひとつもしたくなるもんなぁ。

ま、とりあえず。

今回公開される年金試算の基礎データがどんなのか、とても楽しみではある。
分析される方は大変だと思うが、できればお役所より遙かに早く正確な試算を示して、いかに彼らの仕事の効率が悪いかということも明らかにして欲しい。大変だろうけどね。

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海底軍艦

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ゴジラ FINAL WARS

私の前田日明の記事にトラックバックを頂いた「こうせい日誌」さんの記事を拝見していたらゴジラや海底軍艦についての記事を発見。リアル友人の皆さんには周知のことだが、むしろ私のホームグラウンドはこっちだったりするわけで(笑)

前の記事にも書いたけれども「海底軍艦」はチョー大好きな映画のひとつ。オールタイムベストでもベスト5くらいには入る作品。もっとも、お気に入りすぎていち早くLDを買ってしまったためDVDに手を出すのを躊躇しているという困った状態ではあるのだけれども(^^;

海底軍艦の魅力はなんと言ってもその独特すぎる展開。
なにしろこの海底軍艦・轟天号、ピンチらしいピンチもなくひたすら勝って勝って勝ちまくるだけ、という空前絶後の展開を見せる。そらムー帝国が「開発を中止しろ」と恫喝してくるのもわかろうというものだ。
重厚感溢れる円谷特撮の効果もあり、ひたすらその強さだけが印象に残る。「ドリル付き潜水艦」というロマン溢れるデザインも秀逸で、とにかく強い!カッコイイ!というイケイケな映画なのだ。
佐竹雅昭もいつも負ける側の防衛軍のマーチなんかじゃなくてこの海底軍艦のテーマで入場してたらもうちょっと勝てたかも知れないのにねぇ。

高島忠夫と田崎潤が劇中で「戦争気違い」「気違いに刃物」と連発しているので地上波での再放送が出来ないのが残念でならないのだが、未見の人は是非見てもらいたい。面白いから。


そういえば前に、「海底軍艦があんな形状で空を飛ぶのは科学的におかしい」などとつまらないことを言う人がいたが。

どうやったらあの形状でも飛ぶか考えるのが科学ってもんだ。

心を忘れた科学には、幸せ求める夢がない(笑)

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2004/06/21

ハッスル!ハッスル!ハッスル!

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台風一過、心はハッスル
ハッスルGP2004

ハッスル!ハッスル!ハッスル!
・・・というのは吉田監督時代の阪神タイガースのキャッチフレーズ。
まあ当時の阪神は「ハッスルしてるのは夜の新庄だけ」とか言われてたな(笑)

桜庭とか金原とかUインター系の選手ってホントにケガが多い。まともな状態で試合する方が珍しいもんね。何か練習方法に根本的な間違いがあるんじゃないかな。ケガしないのもプロの技術のうちなんだけどね。

ランペイジ・ジャクソンのパワーボムにはビックリ!山本小鉄が解説なら「アローナはこんな技食らったことないですからね、こりゃ効きますよ!」とまくしたてていたに違いない。UFOや真撃ならともかく、PRIDEでこんなの見られるとはねぇ…あのパワーボムには是非「ジャクソン・ジャイブ」とか、「不適切なクイントン」とか名付けてオリジナル技として認知されて欲しい。

ハリトーノフはあそこまで徹底して殴れる心が凄いね。平気な顔で相手の肩を外せる吉田と残酷勝負したらすんげー凄惨な試合になりそう。そういえば吉田に平気な顔で肩を外されたドン・フライ、猪木の引退試合に続いてゴジラの死に水も取ることになった模様。海底軍艦・轟天号のゴードン艦長役なんだとか。実を言うと私は「海底軍艦」大好きなので(LDで持ってるのでDVD買うのは悩み中(^^;)ちょっと複雑な気分ではある。まあ同じくこの映画に出演する船木誠勝が艦長やるよりはずっとマシだけど。

でもって、ランデルマンがヒョードルをNOAHの試合ばりにブン投げたときにはヤベェと思ったんだけど。ヒョードルの受けが上手いのかマットが弾むのかはわかんないけど平気な顔してたなぁ。つーか明らかにジャクソンのパワーボムよりエグかったように見えたんだけど。わからんもんです。

しかし、ワンマッチも含めて実に順当な結果に終わったPRIDE GP2回戦。順当なのにこれだけ面白いというのはプロレスにも是非見習って欲しいと思う。

次は小川vsノゲイラが濃厚なんだとか。
8月の決勝ではハッスル4はもう終わってるから、モチベーションの下がった「ことによって」小川がアッサリ負けそうな気もする・・「優勝などという大それたことはまったく考えておりません!」って言ったもんなぁ・・・

ああそうだ。いなばさん、うちに来ればハッスルできますよ。つーか、もともとPPV見るつもりなので。
連絡お待ちしてます(笑)

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2004/06/16

前田日明

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前田日明と坂本龍馬と「改革」の現実

前回のトラックバックで前田日明のことを書いたら「週刊!木村剛」の本文で大きく取り上げていただいた。やっぱ前田はいつもやることが10年早すぎるってのは、誰もが思うことだよね。
そういや人工靱帯を入れて現役を続けた格闘家ってのも前田が最初だったなぁ。やっぱりやることが10年早い(笑)

えーと。
前田を改革者と位置づけ自らも「阿呆だ」と認めて改革に邁進しようとしているキムタケさんにエールを送る意味を込めて、前田語録を引用しておく。きっと何か感じるところがあると思うので。

それが新しい試みだったりすると、成功もあれば失敗もありますよ。成功したときは、合議してよかったなとなるんです。でも、失敗するとどうなるかっていうと、「あれは俺の意見じゃなかった」「前田が勝手にやったんだ」と、そうなっちゃってね。 今の政治を見てもそうじゃないですか。議会でそれが出来上がって、通って、多数決を取って、決まったものに対しては、全員が協力しなきゃいけないはずですけど。失敗したら、ほらみろ、あれは俺の意見じゃなかった、あれは誰彼の責任だと。 そんな風に言っている人もおかしいと思うんですね。議会で真摯に話し合って、多数決を採って決まったものであれば、政党間の数の論理の問題があったにせよ、それはそれで政党自体の責任ですから。全員で協力して、なんとかうまくやれるようにやるっていうのが、当たり前の政治の姿じゃないですか。 政策を論じて遂行した、失敗した、というときにじゃあなぜ失敗したんだろうっていう議論がなされるべきですよね。その前に、あれは誰々にこういう汚職があったからとか、なにが悪かったというだけで終わってしまっては駄目ですよ。


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2004/06/15

合併症

近鉄とオリックスが合併することで合意したとのこと。
まあ、儲かってない会社だし仕方ないという思いもあるし、今季のオリックスは正直言って守備なんかもヘタクソで「銭の取れるプレイ」をどれほど見せられるのか疑問ではあった。レベルの低い野球を金払って見に来てくれるはずもない。とはいえ阪急と南海が存在しない今レールウェイズは幻だしなぁ…5チームのパ・リーグというのも見たくはない。そして1リーグ制はナベツネの思惑通りっぽいのが気に入らん(笑)

で、ひとつ妙案があるのだが。

こういう時こそ公的資金で救済してはどうだろうか?

近鉄とオリックスの赤字が併せてどれくらいあるのかは知らないが、銀行助けるのに使った何兆円などというデタラメな金額ではないはず。採算の取れない特殊法人は今でも山ほどあるのだから、ひとつ増やして近鉄を実質国有化し、新特殊法人「日本野球公団」(略して「球団」…あれ?)として再出発させたところで罰は当たるまい。

ホント妙案だと思うんだけどなぁ。どうだろう?

結局のところ、巨人というかナベツネに共存共栄という発想がなかったために、こうして消滅する球団まで出てきたということだろう。赤字の球団が廃業したら、使える選手の再就職先は自ずからギャラを出せる球団になる。巨人がその筆頭であることは言うまでもなく、ナベツネは「また強くなるわい」ぐらいにしか思ってないことだろうが、イス取りゲームでイスの数が減るとなると、出て行く奴と追い出される奴が発生する。出て行く奴とはもちろん、メジャー行きの連中である。いずれ日本のプロ野球は大リーグのファームに成り下がることだろう。
ジャンルの人気そのものが落ちたら巨人もクソもないという簡単なことが年寄りにはわかんないのである。

ナベツネが勝利宣言をする日が日本のプロ野球の命日である。

とでも、予言しておこう。

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2004/06/14

年金だってPRIDEが大事

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1.29ショックと公的年金改革と大同小異の教え

今回は年金の話。
国民年金というのは強制加入で国が保険料を徴収し、再配分する制度だ。国が強制的に集めるカネ、という意味では保険料も税金みたいなもんだ。さて、下の数字を見て欲しい。

現在の国民保険の給付額 月額6.7万円(保険料40年間納付)
昨年の府中刑務所の受刑者一人当たりにかかった経費 月額 21万円

バカみたいでしょ?

国民年金には「世代間扶助」といって、これまで社会を支えてきた高齢者を現役世代が支える、という意味合いもあるそうだ。その考え方には私も大賛成だが、いざ蓋を開けてみると刑務所にブチ込んだ犯罪者を養う金額の3分の1程度の金額で「高齢者を支える」などと言っては我々現役世代は赤っ恥もいいところである。お役人に本当に「世代間扶助」という考えがあるのだとしたら、今の年金制度は相当カッコ悪い状態なのだという自覚を持って欲しい。だいたいお役人ってしょーもないプライドの塊のくせに、拉致とか年金とかの肝心な部分では全然誇り高くないのよなぁ。いつか高田延彦に「お前は男の中の男だ!」と叫ばせるような誇り高いお役人が出て来て欲しいものである(笑)

で、年金はどうしたらいいのか。キムタケさんは議論の叩き台として次のような私案を提唱している。


① 公的年金制度と生活扶助を社会保障制度の中で統合し、65歳以上の国民であれば、『基礎年金』として例外なく夫婦で月15万円受け取れる制度とする。それ以上の部分については、各個人の私的年金に任せる。 
② 現行公的年金からの脱退権を認め、保険料の支払いを要求しない代わりに、これまで支払った分に関する権利を放棄してもらう。ただし、新設する『基礎年金』の権利は剥奪されない。
③ 一定の期限を定め、その時点まで保険料を支払い続けた人に関しては、それまで支払った保険料をベースに個々人の取り分を決定し、積立金を現金化して個々人に分配する。その際、分配の代わりに、民間年金への移管も選択できるようにする。
④ 『基礎年金』の支出は、税金や国債等によってファイナンスする。保険料は廃止するが、国民年金程度の保険料程度の金額を『基礎年金税』として、国民全員から「保険料」ではなく「税金」として徴収する。社会保険庁は国税庁に吸収する。
⑤ これらの結果、厚生年金、国民年金、共済年金、議員年金は一元化される。

非常に筋の通った案だとは思う。思うが。

夫婦で月額15万円。現実的な数字なのだろうが、上述の「刑務所理論」(今勝手に命名)からすると「世代間扶助」などという理屈を持ち出すと現役世代の顔が立たなくなる。しかも、ウチの社長みたく71歳で孫の代まで遊んで暮らせるぐらいの財産を抱え込んでる年寄りもいるわけで、こういう手合いは我々がカッコつけて支える必要もないし、本人だって年金なんてなくても屁とも思わないだろう(笑)
というわけで。「年金の給付は辞退できる。但しその場合相続税は辞退した額に応じて減免される」とかにすると、支給を希望しない年寄りが山ほどいてるだろう。それだけで財源が確保できるなどとは思っていないが、カネの出入りがある以上、「入り」を増やして「出」を減らすことを可能にする手段を講じるのは当然だ。


ちなみに、「入り」が減る原因として挙げられている出生率の低下については原因ははっきりしている。

子育てを「負担」だと思う価値観の社会で、子供が増える訳はない。

田嶋陽子あたりがテレビでのさばっているうちはダメってことだ。最近ブームのジェンダーフリー思想はますます少子化を加速する思想だと言うことにいったいどれだけの人が気づいているのか。
子供を育てるのに「共同で役割分担した両親」などクソの役にも立たない。必要なのは「オヤジ」と「オフクロ」なのである。これから親父にも殴られたことのない世代が「現役世代」になっていくので、「世代間扶助」という考え方はおそらく共感を得られなくなることだろう。


ドッジボールの話の時にも書いたが。


「誇り」って、意外と大事なんである。

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2004/06/10

選ばれしものの恍惚と不安

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PRIDEとプロレスと格闘技

キムタケさんって格闘技ファンだったのね…
私も仕事で取引先に行くと、学生プロレスやってて「当時のビデオを社員に見られたら俺は失脚やな」と語る社長さんや、「ボクは藤原組長が佐山の肩を外すところを目の前で見たよ」という課長さんなんて強者たちに出会ったりするので、意外にキムタケさんの世代にもプロレスや格闘技の好きな人は多いという気がする。

実のところ私は個々の格闘家の強さにはあまり興味がない。というか、真剣勝負は見ていてアクビが出る。強い/弱いということのみが問われる真剣勝負が面白いのなら、アマレスや柔道がある限りプロの出番はない。小川直也が「強い弱いだけの闘いなんて俺はとっくに卒業した」と言うのは正論である。プロなら強いだけではダメなのだ。
第一、真剣勝負の喧嘩なんて、飲み屋街の路地裏に行けば毎日でもタダで見られるではないか(笑)

K-1がだんだん苦しくなってきて、曙やボブ・サップといったキャラ勝負の選手を使わなきゃいけなくなったのは、強い弱いではなく、例えばフィリオのどんなルールでも頑なに極真スタイルで戦い続ける空手バカ一代ぶりといった「人間性」こそが魅力なのだということをやってる側が見失っているからだと思う。まああと、エースの武蔵が毎度毎度試合がサッパリ面白くないってのもでかいな。悪いことは言わない、派手にKOできる相手と試合させてあげなさい。その方が盛り上がるから(笑)

馬場にしろ鶴田にしろ猪木にしろ前田にしろ高田にしろ。
時代を作るレスラーには共通点がある。誰と闘ってもそいつの試合になる、ということだ。
猪木が誰と闘ってもそれは「猪木の試合」なのであり、前田が誰と闘っても「前田の試合」にしかならない。高田vsミルコを批判する人がいるがとんでもない。あれはどう見ても「高田延彦の試合」だったではないか。
強さ以外の何か。それこそが観客を熱狂させるプロの力なのである。

さて。
元記事で前田の話が出ているので、私もちょっと前田の話を。

前田日明は現在の格闘技ブームを語る上でその起点として欠かせない存在だが、その前田を語るときに欠かせないのがウルトラマン。前田とウルトラマンについては本人が「帰ってきた怪獣魂」という本の中でインタビューに答えている。少し抜粋してみよう。

最後、ゼットンが出てきたときにウルトラマンは何をやってもかなわんわけ。で、跳ね返されてカラータイマーがパチンと割れた。(中略)涙がボロボロ出てきて、これだけは忘れられないですね。オヤジがそれを見て「あほか、テレビ見て男の子が何泣いてるんや。あんなん中に人が入ってるんや」って言った。「そんなん知ってるわい。中にはハヤタが入ってんのや」って言いながらもっと泣きよるんや。

(格闘技を始めたきっかけは)入門募集のポスターがあったんですよ。それを見たら、片方の人が跳び蹴りしているんですよ。「うわぁ~ウルトラマンみたいや」って、やりたくなった。それがなかったら今はなかったです
ゴモラの時に大阪城に来たんですよ。びっくりしてね、翌日友達と二人で大阪城見に行きましたよ。(中略)「絶対来たはずや、聞きに行こう」 と聞きに行って「おっちゃん、おっちゃん、昨日ここでウルトラマンとゴモラが来て大阪城壊したんじゃないの」と聞いたら、そのおじさんが優しい人で、「そやそや、昨日おっちゃん達は徹夜で直したんや」って(笑)多分、その日、俺たちだけじゃなくて何人かいたんやね。
一所懸命信じるために一所懸命考える。(中略)信じたいがために無理矢理考えて信じようとするみたいなね。そこには矛盾があったりするわけですけど、それを考えながら現実に持って行く。そういうのが人に対しても物に対しても大事なんだよ
(心の中でゼットンは倒せたんですか?)どうなんですかね~ オレの中には意気地のないところがあって、オレがゼットンと戦うときにゾフィーはいるんだろうか?って(笑)

なんちゅーかね、前田はやっぱり前田というか(笑)
前田の言うことは正しい。

例えば、科学の本質とは「わからないことは引き続き調べて考える」ということだ。
まさに、人類は「信じるために考えて」きたのである。

ただ、前田が信じるために考えたことは、ちょっと時代を先取りしすぎていた。

チケットぴあで初めてプロレスのチケットを売ったのも
ノゲイラやヒョードルを日本に呼んだのも
「ごちゃごちゃいわんと誰が一番強いか決めたらええんや!」という総合格闘技の理念を提示したのも

前田(というかUWFなりリングスなり)なんだが、それがファンに浸透する頃にはいつも前田はそこにいなかった。

前田日明という名のウルトラマンは、最後にアレクサンダー・カレリンという名のゼットンと闘った。
4点ポジションの相手に対する打撃を禁じるUWFルールでは鉄壁と思われた「亀」を、カレリンという名のゼットンはカレリンズ・リフトで粉砕してみせた。前田という名のウルトラマンは、その時光の国に帰っていった。


そこにゾフィーは、いなかった。

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2004/06/09

殺人事件の周り

長崎の小学生殺害事件、一向に世間が静まる気配がない。

ネットが悪い
バトルロワイヤルが悪い
周りの大人は事前に察知できなかったのか

とかなんとか。

もうね、アホかと。

今や学校の授業でパソコン教えてる時代よ?
「ネットやってる小学生」がどれだけいると思っているのか。

バトルロワイヤルってが売れたつーてもワンピースの5分の1ぐらいでしょ。
本の影響というなら、刀3本持ってきて斬りつける奴とかが現れる方が可能性はでかいんじゃないのか。

殺意の前兆といったって、仲の良い友達に「お前しまいにゃ殺すぞ」ぐらいのことは誰でも言うだろうし、他人に対して「ホンマ殺したろか」と思ってグッとこらえたことだって誰にでも山ほどあるだろう。本当に殺すかどうかなんて事前にわかるはずがない。

そういうのは、警察やら弁護士やらが聞いて「○○じゃないのか!」と選択肢を与えるから答えるんであって。
普通の人間ならそういうことで人は殺さない。後先考えたら出来るわけない。
同級生を斬り殺す小学生の「動機」なんぞ、言葉で理解できるところにあるわきゃないんである。

○○の影響で事件を起こした。

まあ「覚醒剤」とか「狂信」とかならアリだろうが。
マンガやゲームを当てはめるのはおかしい。確率が低すぎる。

マンガを読むなとか
殺人シーンのあるドラマの放送を自粛したりとか
「人の命の大切さ」を教えるとか

そんなトンチンカンなことを言う前に。

殺すときには覚醒剤をキメとけ。
※おかしな話だが日本では覚醒剤を服用して人を殺すとなぜか減刑or不起訴になる。

もとい。

そもそも、「殺してはいけない」というのは決して自明の理などではない
ということをきちんと教えるべきじゃないだろうか。

世の中には、アルカイダやブッシュや金正日のように
「人を殺してはいけない」
などとは毛ほども思っていない人が山ほどいる。
人間、後で罰を受けたり復讐されたりしないなら、結構簡単に人を殺すもんなのだ。
「殺してもいい」という明確な殺意によって殺された人間はいくらでもいる。

Q なぜ人を殺してはいけないのか。

A 本人も周りも後で大変だから

そう教えるべきではないのか。
もっと現実を見ようぜ。見ちゃったらメシの種がなくなる人も多いんだろうけどさ。

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ゲームバランス

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……。

まあ、中心になって運営した先生は子供の頃一生懸命遊んでなかったってことなんだろうなぁ。

ドッジボールってのは一応、大会とかになると12対12でやることが多いらしい。
昔は子供の遊びだし、人数の不均衡が発生すると、ローカルルールで調整したもんだ。

所詮田舎のローカルルールなので呼び方は当時の子供のセンスだが(^^;
ゾフィ」というルールがあって。
人数の少ない方は○回当てられるまでセーフというルール。
ま、「命を○個持ってきた」ってヤツだな。
それでも差がありそうな場合は、敢えてひとり1個の命にして、戦力になるヤツだけに5個も6個も命を集中する「スペースQ」という作戦もあった。「スペースQ」をアリにすると上手いヤツが延々と中に残るので人数差はかなり埋められる。

ただまあ、これは調整と言うより、人数が多くて有利な側から「スペースQアリでいいよ」という風にハンデとして提示されることが多かった。初めから勝ちの見える勝負は勝つ方もつまらんしね。

一生懸命遊んでれば、より楽しく遊ぶためにいろいろと考えるのが子供ってもんで。
そう言う意味で不公平なルールで平気でやらせちゃう先生ってのは、子供の頃に遊びが足りなかったってことなんだと思う。

以外とさ。

「誇り」って大事なんだよね。

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2004/06/05

人間の手がまだ触れない

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セキュリティは自力本願で [コラム]

またまたキムタケさんとこのコラムが面白い内容なのでトラックバック。
「他力本願」の誤用は他の方が既に指摘されているのでくどくどとは言わない。

さて、私が仕事で出入りしているとある会社の防犯にまつわる話。
空き巣に入られた際に警察から「おたくの防犯もなっとらん」と揶揄されて一念発起した社長さん、金に糸目をつけず思いつく限りの防犯強化を実施した。

・それまで人の背丈ぐらいだった木の塀を刑務所並みの高さのコンクリート塀に改装
・警備会社の防犯センサーを導入
・建物のカギを全て交換
・夜間はドーベルマン2匹を放し飼い

中でも自慢は大枚はたいた2匹のドーベルマン。
聞くところによると社長さん、「素手で勝てる人間いてへんのちゃうかなぁ」とのたまっておられたそうな。
ここまで用意し「泥棒め、いつでも来んかい!」ぐらいの気合いで迎えたその夜。

自慢のドーベルマンが防犯センサーに引っかかりまくり、駆けつけた警備会社の人に吠えまくるという事件が発生、翌日社長さんは警備会社にかなり怒られたそうだ(笑)


ま、よくあるハイテクとローテクの二律背反の寓話ではあるのだが。
良くも悪くも「大阪の社長さん」の気合い(空回りも含めて)である。結局ドーベルマンは社長さんが自宅に引き取り、防犯センサーはその後無事稼働するようになった。もちろん、これ以後空き巣の被害はない。

ウソみたいな話だが、実は「自分でどないかしたる」という気合いが有効なのかもしれない。
マンガの怪盗じゃないんだから、空き巣も仕事しやすそうなところでやるだろうし。

今回は内容に引っかけてSF小説のタイトルを流用してみました。人気サイトになっちゃったりして(笑)

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2004/06/03

ブログの意味

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情報価値が変化する時代にブログはどういう役割を果たすか?

次はトラックバックしても怒られなさそうな他所様に。キムタケさん、はじめまして(笑)

インターネットのいいところは敷居の低さだ。
自分の興味のあることについてだけ好き勝手かつ無責任に語ることも許されるという敷居の低さ。
特定のカテゴリのみに強い背光性生物であるオタクが群がったのは当然だろう。

そしてオタクがインターネットに群がった結果、何が起こったか。
これまで知識人だと思っていたメディア側にいる人たちも、実は玉石混交であり、本や新聞に書いてあることを鵜呑みにしててはいかんということが誰の目にも明らかになってきた。

私なりの言葉で言えば、情報価値の源泉は、「情報取得」から「分析加工」に移りつつあるということだと思います。

私は木村氏の著作は読んだことがないが、こういうことを言える人はだいたい調べ物はちゃんとしてるものだ。
「本を書くんだからそんなのあたり前じゃないか」と思うだろうが、世の中には

北○れ○こ とか
柳○理○雄 とか

「情報取得」の時点でコケちゃった書き手も多いのである。
ま、彼らとて能力はあるだろう。要はやる気の問題で。
横着せずにちゃんと調べておけば恥をかかなくてすんだのにね(笑)

さて、そういう事例を踏まえた上で、ブログの役割について。

この木村氏のように本を書く人がブログをはじめたら大変だと思う。
今まで黙殺することが可能だった「ここ間違ってますよ」「つまんない本だから金返せ」という声が誰にも見える形で表示されかねない。もちろん、すばらしい本なら賞賛の声も直接届く。
つまり、より著作へのダイレクトな反応に対する覚悟が必要となる。

自分が書いた本と心中する覚悟はあるか?

一方通行の本という媒体を舞台にしてきた人が双方向の媒体に手を出すとは、そういう覚悟を問われるということだと思う。本なら無責任でいいということではなくて、人目につくところで毀誉褒貶にさらされる覚悟がいるって意味で。


とはいえ、実はこの木村氏のブログ、今のところかなり面白いんである。
どうかすると本の一冊でも買ってみようかってぐらいに。

まだ、買わないけど(笑)

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B-kara

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B-karaさんがまた…

とは言ってみたものの、トラックバックってよくわかってないので、知り合いのところで練習というのが本音(笑)
日々是勉強ということで。

実はこの前の日曜日、プロレス観戦の帰りにB-karaチェックに行って来たりしてて。
ムリヤリ「B-kara行くぞB-kara」とアニ方面に関してはカタギの友人を連れ回しただけだったりするのは内緒だ。

確かに宇宙刑事シリーズがものすごい勢いで増殖していた。
喜び勇んだものの、いざ見てみるとうろ覚えばっかりでちゃんと歌える曲がほとんどないことに気付き、合体魂に逃げてしまったワタクシ。確かにメタルヒーローって好きは好きだけどサントラ聞くほどハマったかちゅーとそこまでいかないもんなぁ。修行が足りなかった・・・

まあ私も特撮ヲタとはいえホームグラウンドは△(東映)ではなくて○(東宝)だし。
このレベルでぜひゴジラ系の歌も配信してほしいところ。84のEDとか。

という話はおいといて。

あいやんのはふ~んの破壊力がカタギの人にどれだけ伝わるかは疑問ではある。
それ以上に会社の人の前でやっちまって大丈夫な会社ってのも疑問(笑)

ウチの会社は接待でたまたま仮面ライダーの話になり「キミちょっと『仮面ライダーのうた』でも歌いなさい」と言われて
♪嵐とともに やってきた~

と歌ったら「アホゥ!『仮面ライダーのうた』ちゅーたら♪迫る~ショッカ~ やないけ!ボケェ!ハゲェ!」とどやされるくらい理解がないからなぁ。(←それで普通だとは思うが。)

フルチャージ!!

と絶叫したのはほかにやり場のないエネルギーのせいだったのかもしれない。

私も思い切って会社の連中の前で「ザ☆ピ~ス」でも歌ってみようかなぁ・・・

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2004/06/02

最近気になること

G+でたまたまノアが流れていたのでボーッと見てたらロックアップする選手もチラホラといてた。ちょっと見直したと思ってたら、寝技に行くでもなく腕を取るでもなくすぐ殴ってたのでまた幻滅(^^; 
まともな試合ができないんならもっと胡散臭いことやってくれないと。

とりあえず

・序盤の組手をきちんとやれ。基本が出来てないから全般に間が悪い。
・間があいたらエルボーかラリアットというのはやめれ。
・頭から落とす投げ技はやめれ。特にアンダーの6人タッグとかでそんなんいらん。

これだけ改めるだけで少しはプロレスらしくなると思う。

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「デイ・アフター・トゥモロー」って日本語で言うと「あさって」じゃないかと思うんだが。
なんか別の意味があるのかな?教えて偉い人。

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阪神4連敗。
去年が確変だっただけの話。キャリアの長いファンは4連敗ぐらい屁でもない。
打てないからと焦ったら悪循環。ヒットなしでも点は入る、ぐらいの心構えでいいと思う。

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会社の営業車を路駐してメシ食って、店から出てきたら後ろがボコーンとヘコんでた(^^;
路駐してた私も悪いかもしれんが、当て逃げはないだろう当て逃げは。
修理代11万円也。自腹じゃないけど始末書だなこりゃ。

くそう。

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先週購入した「Grand Theft Auto -vice city-」がかなり面白い。
自由度の高さと芸の細かさが粗いポリゴンを感じさせない。
日本のメーカーじゃ絶対こういうの作れないだろうなぁ。

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まあ。
どれも気になるんだけど。

夜も眠れないほどじゃないので。


おやみなさい(^_^)/~~

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